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はじめに / 第7章

木場・新木場と戦後の木

江戸の木場は、木材を「置く場所」以上の働きをしていました。昭和に入ってその働きが変わり、木場は新木場へ移ります。同じころ、日本の木材の出どころも国内の山から海外へ大きく移りました。この二つの変化は、深くつながっています。

木場から新木場へ

木場が果たした役割

役割中身
防火延焼を広げる材木を、市中から離れた場所に集めた[1]
貯木水運に便利な湿地で、木材を水中に浮かべて貯えた[1]
流通材木問屋が組合をつくり、江戸の木材をほぼ一手に扱った[1][2]
加工問屋とともに製材所が集まり、木材の集積・加工の基地になった[3]
技と文化筏を操る川並の仕事から、木遣り歌や角乗が生まれた[2]

成り立ちの年表は第1章にまとめています。

地図で見る木場の移り変わり

材木置場は、江戸の中心から東へ、さらに南の海の方へと移っていきました。Aの隅田川西岸の河口付近から、寛永18年(1641)の大火の後にBの佐賀町の東へ。元禄期にはCの深川の低湿地を埋め立てて木場町ができ、昭和の移転でDの新木場に移ります。[3][4] 町が広がるたびに、燃えやすく場所をとる木材が町の外側の水辺へ移っていった、と読むことができます。

木場の移り変わり 概略図隅田川東京湾(現在の海岸)A材木置場(隅田川西岸の河口付近)江戸初期B佐賀町の東へ移す1641 寛永18年の大火後C木場(深川木場町)1701〜1703 元禄期D新木場1972〜1974年ごろ移転日本橋1 kmN ↑

A・Bの位置は辞典の記述(隅田川西岸河口付近、佐賀町の東方)から置いたおおよその場所です。陸地の形は現在のもの(国土数値情報をもとに作成)で、江戸時代の海岸はもっと北にありました。新木場やその南の陸地は、後の埋め立てでできた土地です。

木場が手狭になった理由

昭和の木場は、いくつもの問題を抱えていました。地盤沈下で水面が相対的に上がり、筏や船が橋の下を通りにくくなります。道路の渋滞も重なりました。扱う木も変わり、外国産の木材(外材)を扱う問屋や製材工場が増えて、国産材の集積・加工基地という性格は薄れていきます。[3]

昭和44年(1969)には、木場が江東再開発構想の防災拠点に位置づけられました。[5] 1972年から1974年にかけて、深川から夢の島の南の埋立地へ移転が行われます。1975年ごろまでに、約500の材木問屋と製材所が新木場へ移りました。[3]

業者の数は資料によって違います。高度成長期の木場に材木商・製材所が約1,000軒あったとする解説もあります。[2]

新木場と東京港の役割

新木場では、国産材より外材を扱う問屋や製材工場が中心になりました。[3] 周りの東京港には、輸入木材を受け入れる施設が整えられています。[6]

施設役割規模など
木材投下泊地(12号地)輸入した丸太を船から海に下ろし、筏に組んで運ぶ水面56ha、21万トンを貯木できる
15号地木材ふ頭主にカナダ・アメリカからの輸入製材を陸揚げ背後に20万m³の製材を保管
大井建材ふ頭建材の取り扱い1981年から
若洲建材ふ頭建材の取り扱い1989年から

出典:東京都港湾局『PORT OF TOKYO 2017』[6]

丸太を海に浮かべて筏に組む方法は、江戸の木場が水中で木を貯えたやり方と同じです。運ぶ木の産地は変わっても、水に浮かべて扱う仕組みは引き継がれました。

戦後の木、いまの木

戦後復興の木はどこから来たか

まず国内の山から。戦中から戦後にかけて、森林は軍需物資と復興の資材として大量に伐られました。その後に植えた林は、まだ育てている途中の段階でした。[7] 多摩でも昭和35年(1960)に年間1,500ヘクタールを超える植林が行われています(第2章)。

足りない分を海外から。需要に国内の木が追いつかず、木材の値段が上がります。昭和36年(1961)に「木材価格安定緊急対策」が決まり、輸入を増やす方針がとられました。1960年の「貿易・為替自由化計画大綱」に基づき、1960年代を通じて丸太と製材品の輸入が段階的に自由化されていきます。[7]

667万m³
丸太の輸入量 1960年[7]
5,249万m³
丸太の輸入量 1973年(1960年の7.9倍)[7]
1億1,758万m³
木材の総需要量 1973年[7]

輸入された木材は、主に三つの地域から来ました。[7]

呼び名産地その後
南洋材フィリピン、インドネシアなど1970年代に資源が枯渇。インドネシアは1985年以降に丸太の輸出を禁止、マレーシアは1992年から伐採を削減[7]
米材北米東京港では15号地木材ふ頭でカナダ・アメリカの製材を受け入れ[6]
北洋材旧ソ連(ロシア)—

国産材の割合の移り変わり

外材が増えるにつれて、使われる木材のうち国産材が占める割合(木材自給率)は下がっていきました。[7]

バーの長さは0〜100%の目盛りで描いています。出典:林野庁『平成26年度 森林・林業白書』[7]、2024年は林野庁「令和6年木材需給表」[8]

2002年ごろからは、合板の材料に国産のスギが急速に使われるようになりました。丸太を薄くむく機械が改良され、間伐で出る細い木からも合板をつくれるようになったためです。[7]

つながりで見ると

戦後に多摩で植えたスギ・ヒノキは、伐れる太さに育つまでに何十年もかかります。そのあいだに輸入が自由化され、外材が新木場に集まりました。育った国産材は値段で外材に押され、伐られないまま高齢化していきます(第2章)。木場から新木場への移転は、この流れが都市の側に現れた出来事として読むことができます。

この段落は、上の出典の事実を組み合わせた筆者の整理です。

いまの木材:流通量・価格・関税・法律

流通量:自給率は4割台まで回復

2024年の木材の総需要量は8,187万4千m³でした。このうち国内生産が3,480万9千m³、輸入が4,706万5千m³で、木材自給率は42.5%です。前の年より0.4ポイント下がりましたが、2002年の18.2%から大きく持ち直しています。用途別では、建築用材などの自給率が52.9%、燃料などを含む非建築用材が36.5%です。需要の伸びは、燃料用の木材が引っぱっています。[8]

8,187万m³
木材の総需要量 2024年[8]
3,481万m³
国内生産量 2024年[8]
4,707万m³
輸入量 2024年[8]

価格:ウッドショックとその後

2020年5月以降、アメリカで在宅勤務の広がりなどから住宅の着工が急増し、2021年には北米の製材価格が過去最高になりました。海上コンテナの運賃も2020年末から急に上がり、日本に入る輸入材が不足します。これが「ウッドショック」です。輸入材の代わりに国産材が求められ、国産の製材品や合板、丸太の値段も上がりました。[9]

その後、値段は下がる傾向にありますが、2025年でも値上がり前の2020年より高い水準です。2025年の丸太の平均価格は、スギが1m³あたり15,400円、ヒノキが25,300円、カラマツが15,400円でした。[10] 牛丼と比べた値段は付録にまとめています。

関税:丸太は無税

品目関税率
丸太、木材チップ、木質ペレット無税
製材無税〜6.0%
集成材3.9〜6.0%
合板6.0〜10.0%

出典:林野庁「木材輸入の現状」(貿易統計、2022年実績)[11]

丸太はもともと関税がかからず、製品も多くは低い税率です。さらに、輸入の大部分はEPAやFTAを結んだ国からで、協定によって無税や無税化が進んでいます。関税が残っている主な輸入先は、中国、ロシア、インドネシア(合板)などです。[11] 1960年代の輸入自由化から続く流れで、国産材は関税に守られずに外材と値段を競ってきたことになります。

法律:2025年の建築基準法改正

2025年4月、建築基準法と建築物省エネ法の改正が施行されました。木造住宅に関わる主な変更は次のとおりです。[12]

  • 小規模な木造住宅で構造などの審査を省いてきた「4号特例」の対象が縮小され、確認・検査の対象が広がった
  • 原則としてすべての新築住宅・非住宅に、省エネ基準への適合が義務になった
  • 実際の木造住宅の仕様に合わせて、壁の量の基準が見直された
  • 階の高さが高い木造建築物について、構造計算の方法が合理化される

国のデータでは、令和2年の時点で木造住宅の約9割がすでに省エネ基準に適合しており、改正による工事費の増加は見込まれないとされています。[12] 一方で、審査が厳しくなることが国産材の需要や大工・工務店にどう影響するかは、まだ確かな資料が見つかっていません。

出典

  1. 三井住友トラスト不動産「このまちアーカイブス 深川」 リンク
  2. ジャパンナレッジ 堀口茉純「やっぱり江戸が好き!」第8回 リンク
  3. コトバンク「木場」(日本大百科全書ほか) リンク
  4. コトバンク「木場」(改訂新版 世界大百科事典、日本歴史地名大系) リンク
  5. 江東区「木場公園」 リンク
  6. 東京都港湾局『PORT OF TOKYO 2017』 PDF
  7. 林野庁『平成26年度 森林・林業白書』第1部第1章第2節 PDF
  8. 林野庁「令和6年木材需給表」(2025年11月21日発表) リンク
  9. 林野庁『令和3年度 森林・林業白書』特集(ウッドショック) リンク
  10. 林野庁『令和7年度 森林・林業白書』第3章(木材価格) リンク
  11. 林野庁「木材輸入の現状」 PDF
  12. 鳥取県「建築基準法・建築物省エネ法の改正について」 リンク
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